価値創造ストーリー エア・ウォーター
価値創造の歴史

エア・ウォーターグループの特長は、多様な事業のネットワークと、祖業である産業ガス事業で培った全国各地の強固な事業基盤、そしてM&Aを原動力として成長・発展してきたことによる技術や人材の多様性(ダイバーシティ)です。
本章では、これらの強みを一つひとつ獲得してきた当社グループの歩みをご覧いただけます。

1929年

前身3社の誕生

「酸素をつかう者たち」が使命を持って会社を立ち上げ、事業を発展させた時代

著名な創業者がいるわけでもない、発明があったわけでもない、決して儲かったわけでもない。エア・ウォーターの前身は、時代の要請に呼応するように設立され、さまざまな人が集い、創意工夫で、後発企業というハンディキャップをはねのけ、のびやかに発展した歴史を有します。

北海酸素 1929年

当時流行したスペイン風邪で、十分な酸素供給が行き届かない惨状を目にし、人命を救い、北海道の発展に尽くすため、北海酸素が誕生。(1966年に社名をほくさんに変更)

大同酸素 1933年

戦前、軍需産業へ優先的に回されていた酸素を自らつくって調達するため、活気あふれる大阪の中小企業家たちが団結し、大同酸素が発足。

共同酸素 1962年

高度経済成長期、激増する製鉄需要に対応するため、住友金属工業は自社製鉄所への酸素供給を専業とする子会社・共同酸素を設立。

1950年代

大同酸素

液化酸素工場が稼働

大同酸素

大量生産・輸送の需要に応えるため、酸素を極低温状態にし、「液化」する技術を導入。大きな投資が必要でしたが、その転換を果敢に決断し、産業ガスメーカーとしての地位を確立しました。

ほくさん

エネルギー事業の始まり

ほくさんのLPガス販売

工業需要の乏しい北海道で、新たな事業を模索するなか、家庭用のLPガスの販売を開始。1963年には、日本初のユニットバス「ほくさんバスオール」を発売し、生活者に寄り添う事業を展開していきます。

1960年代

ほくさん

業界初のオンサイトガス供給

重化学工業が躍進するなか、北海道の製鉄所向けに単独でのオンサイトガス供給を行い、業界の注目を集めました。この時期に共同酸素が設立、続いて大同酸素も石油化学工場へ初のオンサイトガス供給を実現しました。

1970年代

ほくさん

冷凍食品事業に参入

酸素製造時に余剰となっていた液化窒素を使用し、北海道産の新鮮な農水産物を瞬間凍結させ、冷凍食品の販売を開始したことで、食品事業がスタート。

1980年代

大同酸素

窒素ガス発生装置「V1」開発

半導体製造に必要な高純度窒素の需要が急増するなか、需要家工場内に設置してガス供給を行うミニオンサイト事業を確立。自社開発した「V1」は、半導体工場に最適なガス供給システムとして販売台数を伸ばしました。

大同酸素

海水事業への資本出資

マグネシア結晶

海水からマグネシアを抽出し焼成する技術と結晶コントロール技術を持つタテホ化学工業㈱に資本出資。エア・ウォーターの歴史において初めてのM&Aとなりました。

1993年

ほくさんと大同酸素が合併
〜業界再編の先駆けとなった「大同ほくさん」が誕生〜

北海道と西日本を主な事業エリアとする2社が合併し、事業エリアが全国規模に拡大しました。また、ほくさんの産業ガスをベースとした複合事業を獲得したことが、多角化の道を進む原点となります。

2000年

大同ほくさんと共同酸素が合併
〜2度の合併により「エア・ウォーター」誕生〜

産業ガスの川上領域にあたる製鉄所向けオンサイトガス供給事業を獲得したことで、大同ほくさんが得意とした川下分野との垂直統合が実現。オンサイトガス供給を基盤としつつ、地域に根ざしたシリンダー供給まできめ細かに扱うことができる、産業ガスメーカーとしての事業形態が整いました。

2000年代

エア・ウォーター 第1の創業期

モノからサービスへ。
産業ガスメーカーとしてのポジションを確固たるものにし、多様な事業展開を行うための基盤づくりを行った時代

ガスの大量消費時代から、使用方法が多様化した時代のニーズに合わせ、炭酸ガスや水素、ガスプラント製作技術などの産業ガス関連事業をM&Aによって獲得します。多角化の基礎づくりとともに、地域に密着した営業体制をより強固なものとし、顧客の課題を解決するソリューションサービスを志向しました。

炭酸ガス・水素供給事業を獲得

炭酸ガス、水素供給事業をそれぞれ取得し、自社の製造・販売網を構築しました。産業ガスメーカーとしての総合提案力を高める一手となりました。

川崎工場

水素トレーラー

ハム・ソーセージの製造を開始

雪印食品から早来工場(北海道勇払郡安平町)を譲り受け、ハム・デリカ事業へ進出。ほくさん時代の冷凍食品事業が大きく飛躍するきっかけとなりました。

ケミカル事業を開始

製鉄所内で操業するコールケミカル事業を開始。当該事業は2019年に日本製鉄㈱へ譲渡しましたが、当社は半導体向けの機能化学品を軸とした事業へ再構築し、現在の機能材料事業の礎となりました。

ケミカル製品

空気分離プラント製造技術を獲得

深冷空気分離プラントメーカーの㈱神戸製鋼所と合弁会社を設立。小型から大型までフルレンジでのプラント設計・施工が可能となりました。この合弁が、後に海外での産業ガス事業を展開するうえで必要不可欠なエンジニアリング体制へとつながります。

神鋼エア・ウォーター・クライオプラント

医療事業を拡大

川重防災工業㈱と資本提携し、病院内のガス配管施工事業に参入。ガスでつながる連携が、後に病院向け事業が拡大する端緒となりました。

ガス供給の空白地にVSUが稼働

高効率の小型プラントを需要地近隣に設置し、物流費を抑え、大型プラントに匹敵する低コストで液化ガスを供給するというコンセプトのもと、独自プラント「VSU」を開発。2004年の新潟でのVSU設置を皮切りに、地域サプライヤーとの協業を進めました。

VSU1号機の新潟液酸

海水事業を拡大

兵庫県赤穂市で製塩事業を展開する㈱日本海水をグループ化。にがりを原料にマグネシア製品を製造するタテホ化学工業㈱とともに海水事業を確立しました。

㈱日本海水の製塩工場

2010年代

エア・ウォーター 第2の創業期

売上収益1兆円企業へ。
多角化によるM&Aの成功を導き全天候型の事業ポートフォリオを構築した時代

リーマンショックや東日本大震災、円高などの影響で、国内製造業が停滞するなか、産業ガス供給網を着実に整備しながら、M&Aにより医療、農業・食品などの生活系の事業領域を拡充。いかなる経済環境にあっても安定成長を実現できる事業ポートフォリオを構築するとともに、将来の海外展開に向けた基盤づくりを進めました。

ガス供給ネットワークを拡充

VSUの配備による製造拠点の分散配置は災害時のBCPにも貢献しました。2023年現在、全国22拠点を整備し、国内産業ガス供給事業は盤石な体制を築きました。

VSU22機目の千葉液酸

生活系の製品・サービス群を拡充

M&Aにより、医療は衛生材料、在宅医療、デンタル分野を、農業・食品は飲料やスイーツ分野を拡大しました。

ヘルス・セーフティー分野

  • 手術室・ICU設備工事へ進出
  • 歯科材料事業に参入
  • 在宅医療事業を拡充
  • 衛生材料を扱う川本産業㈱をグループ化
  • ㈱歯愛メディカルに資本参加
  • 注射針事業を拡充

アグリ・フーズ分野

  • 千歳市に7haの太陽光利用型ガラスハウス農園を開設し、農業・食品事業に本格参入
  • 北海道農産物の加工・流通事業に参入
  • 果実・野菜系飲料の製造受託事業に参入
  • 青果小売事業に参入
  • スイーツ製造事業に参入
エレクトロニクス分野を拡充

ケミカル事業について機能化学品を中心とした事業構造へと転換を図るとともに、ガス精製装置、熱制御機器、精密研磨パッドなど半導体向け製品群を拡充しました。

ガス精製装置

海外への橋頭堡(きょうとうほ)を築く

2013年にインドの現地産業ガス会社をグループ化、2014年にはベトナムでガス供給事業を開始しました。2019年には、インド東部・南部のオンサイト事業を取得し、本格的な事業展開を開始しました。

また、2015年にマレーシア、2018年に北米で低温機器製造会社をグループ化したことを契機に、エンジニアリング技術を軸に海外展開をスタートしました。

インド・ジャムシェドプル

炭酸ガスローリー

2022年

「terrAWell30」実現に向けて
第3の創業期

売上収益1兆円達成

コロナ禍を経て、2022年度決算において売上収益1兆円を達成。多様な事業領域の方向性を、新たな成長軸である「地球環境」と「ウェルネス」に統合し、事業活動を通じた社会課題の解決に貢献し、持続的な成長を目指します。